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2016.03.10 (Thu)

府中緑ケ丘中学校の男子生徒の自殺。一番、問題があったのは学校。一番、責任があったのは両親。最大の被害者は在校生。

広島県府中町の町立府中緑ケ丘中学校の3年生の男子生徒が昨年12月に自殺した。

「学校が酷すぎる」・・・誰もが感じていることでしょう。

私もそう感じて部分もある。


以下の文章は現状、私が入手している情報からの意見です。

考え方の偏り等はご容赦ください。

また、いつも通り長文になりそうですので、「え〜〜〜」と感じた人は

中盤以降の黄色ベースの文章だけは読んでほしいです。

宜しくお願いします。





「本当に学校の責任が一番重いのか?」それは違います。

「一番大きな責任を負っているのは間違いなく両親です」

この責任の大きさを認識しているのかどうなのか、

「ずさんなデータ管理、間違った進路指導がなければ、我が子が命を断つということは

決してなかったと親として断言できます」

マスコミにこのようなコメントを出されているようです。

まあ、あまりの当事者意識の無さにあきれます。


この中学の進路指導が本人と担任の廊下での立ち話を5回しただけのような

ニュースが出ていますが、

大人の皆さんは「中学校の進路指導たったそれだけで終わり」なんて、

我が身の体験からもそんなことがあるはずかないことは、百の承知でしょう。

特に推薦など一般入試以外の話でしたら、

何度も3者(本人、親、担任)での面談は行われているはずです。


その際にいわれのない「万引きの前科」で推薦が出来ない、という話であれば、

親は徹底的に担任、あるいは学校へ抗議して我が子の無罪をはらすべく戦うべきです。

ちょっと調べてだけ、自殺した翌日に、その汚名ははれたわけですから、

それほど難しい戦いでもなかったはずです。

また、親が自分のためにそこまで必死に戦ってくれている姿を見て

自殺しようなんて子どもは100%いません。

ほんのちょっとのことでこの生徒の自殺は両親が防ぐことができました。


両親が介入できないパターンが2つあります。以下は仮定の話です。

生徒が親にも相談せずに推薦入学を決めて、一人でその話を進めていた。

   この場合、どうして両親に相談しなかったのか・・・です。

   そこまで、信頼のなかった両親なのか、他の理由があったのか・・・

   どちらにしても「高校進学」は子どもにとって人生最初の一大事です。

   親はもっと子どもに関わり、相談するなり、強制するなりしなければなりません。

   その責任がなされていたのか?


   「進路の強制」こんなことは今も昔もよくある話です。

   しかし、子どもにとって受け入れがたい場合もあります。

   それは自殺の原因にもなりえるほどに・・・・


「生徒と担任だけの話し合いで進路が決まる」システムになっていた

   もし、この中学校がこれに相当していれば、

   校長以下この中学校の責任ある職にある人は

   すべて解任されるべきほどの、大変な悪政です。

   しかし、それを許していた保護者にも多くの問題あることは言うまでもありません。

   このような学校へ保護者は教育委員会(それに相当する機関)に正式に抗議をして、

   改善させるべきです。

   この場合にも「改善要求」という抗議は保護者の大きな責任です。

   ただ・・・このような状態の学校のシステムは考えにくいけど・・・


どちらにしても、両親の責任が免れることはありません。

「子どもの自殺」の原因を不適切な指導に求めて、

マスコミに的外れなコメントを出している場合ではないんです。


自殺の原因はまだはっきり分かっているわけではありません。

先生への不満を漏らしていたようですが、そんなことも日常茶飯事です。

かなり、きつい言い方をしますが、

そんなことだけで自分の命を自ら絶ってしまうような

あまりにナイーブな子どもにしてしまったことと、

そのような生活環境を作ってしまったことを両親はおおいに反省すべきところです。


個人的な印象としては、もっと重大な理由があったのでは・・・と思ってしまいます。

当然、本人が亡くなっているので真実は分からないでしょうけど、

これから真相に近づいていくでしょう。

どちらにしても、優しい子どもが自分の命を絶つような世の中は間違っています。

外に原因を探すより、我が身をかえりみることのほうが重要です。


これより、私が購読している「みやざき中央新聞」の社説に

親の責任について書かれています。

ちょっと長いですが、全文原文で引用しますので、一読をお願いします。
  長野県上田市で小学6年生のカンタとであったのは昨年11月のことだった。
おもしろい子だった。大人と話をすることに全く尻込みいない。
普通、大人と子どもという、大人から一方的に質問することが多い。
「いま何歳?」「12歳です」
「学校は楽しい?」「はい」、こんな感じ。
  そもそも子どもは知らない大人と言葉を交わすことに慣れていない。
  でも、カンタは言う。「水谷さんは何をしているときが一番楽しいですか?」
(すごいなぁ、この子)と思った。
  カンタは誰にでも話しかけるころができるという。なぜそんな子になったのか。
  両親の比田井和孝さんと美恵さんの共著『私が一番受けたいココロの授業〜子育て論』を読んで、
それが分かった。親が石井的にそのように育てたのだ。
  たとえば、乳幼児の頃からカンタを近所の人の集まるところに連れていき、
いろんな人に面倒を見てもらった。
  もう少し大きくなると一人旅をさせた。
  最初は5歳のときだった。近くの駅に連れていき、
「何かあったらこれを駅員さんに見せてここに電話してもらうんだぞ」と、
和孝さんは自分の携帯電話を書いためもを渡し、電車に乗せた。降りるのは二つ先の駅だ、
その駅に先回りしてカンタを待った。胸がドキドキした。
  カンタが改札をでてきたときは胸をなでおろした。「おまえ、すごいなぁ」と褒めると、
「ドキドキして心臓が口から出るかと思った」とカンタ。二駅といっても5歳の子には大冒険だった。
  9歳のときはおにぎりを持って往復7時間の旅に出た。途中で乗り換えもあった。
帰りの乗り換えの駅で切符がないことに気付いた。
人生最大のピンチ。しかし、自分で何かをするしかない。
「逮捕されるかもしれない」と覚悟して、駅員さんに「切符をなくしました」と正直に話した。
駅員さんは「次からは気を付けるんだよ」と言って通してくれた。
  和孝さんは言う。「子どもって何度も失敗を重ねるうちに成長していくんです」
  小学3年生にとき、行程の木の実を取ろうとして下から石を投げていたら、
その石が友達の頭に当たった。学校で起きたことなので、
担任はその子のいえに謝罪の連絡を入れた。
  母親の美恵さんはそのことを連絡ノートで知った。すぐカンタを連れて先方の家に謝りに行った。
子どもがなにかやらかしたら親が頭を下げて謝る。その「姿」を息子に見せなければならないと思った。
  そのとき、「あんなことをしたからお母さんが謝らなきゃならないでしょ!」とこどもに言ってはいけない。
親が言うべきは「大切なことを学んだね」だけでいい。
  美恵さんが謝りに行ったとき、先方の親が言ったのは「この傷、どうしてくれるんですか?」ではなく、
「お互いさまですよ。うちの子だっていつ同じようなことをするか分からないですから」だった。
その言葉がありがたくて涙が出た。
  その話を聞いた和孝さん、
「もし逆の立場で相手の親が謝りに来たら、私も『お互いさまです』と言おう」と心を決めた。
  カンタが生まれたのは結婚してから7年後、もう子どもは諦めていた頃だった。
  妊娠が分かってから、2人は「世の中に理不尽なことがたくさんある。
ならば、家庭での理不尽なルールをたくさん作ろう」と決めた。
たとえば、おもちゃは絶対買わないとか、テレビが観れるのは土日に1時間だけにしよう、とか。
  子どもは天からの「授かりもの」ではく、「預かりもの」であるという。
  「預かった子どもは社会にお返しする。
そのとき、たくさんの人のお役に立てる人間に育て上げることが親の役割であり、
たくさんの人から『君が必要だ』といわれることが子どもにとった一番幸せなことです」と和孝さん。
  この家庭の教育方針は、2人が校長・副校長を務める
上田情報ビジネス専門学校の教育方針にもなっている。
  幸せな子どもを育てる。家庭と学校と社会は、この一点で繋がってほしい。
    引用元:みやざき中央新聞 社説
ここだけ読んで頂いた方もありがとうございます。

この「社説」は「日本一心を揺るがす新聞の社説」と言われています。
    


「子どもは親を選べない」・・・各所から時々聞きますが、

私は「子どもは親を選んで生まれて来る」という持論です。

子どもは一元的には親に対してメッセージを持って生まれて来る。

それを理解することが真の子育てである。・・・と、確信しています。

それがどのような不遇な子どももです。

しかし、今日の酷い虐待や生まれながらの難病の子どもは、

これだけの辛い思いをしながら伝えることがあるのか、その必要があるのか・・・

答えが出せないし、確信も揺らぎがちであることも事実です。







一番、問題があるのは学校でしょう。

担任が一存で生徒指導の方法や回数を決めることはないはずです。

緑ケ丘中学校」の問題です。

「万引きの前科がある」これが推薦除外の理由になることも問題ですが、

中学生が1、2回の万引き、常習性でもないようですし、非行歴があるわけでもない

それも1年生のときにした過ち・・・かなり小さい過ちですよねぇ

これが許されないって教育的にどうなの???

生徒の将来を軽んじている、と言われてもしかたないです。


進路指導が現在報道されているだけだとすれば、

単純に先生、学校の怠慢で、無責任ですよ。

先にも書きましたけど、「廊下で立ち話」・・・こんあことないでしょう。

今の学校はこんな感じなの??? 

中学校教育の現場からはかなりの時間、離れてはいるけどねぇ?

やっぱり、「進学指導だけが原因」・・・

どうなんだろうねぇ〜〜〜



当初、自殺なのに病死と在校生には伝えていた・・・

早い段階で撤回し、事実を発表したようですが、信頼関係が今までのままとはいかんでしょう。

少なくとも今いる子どもたちは同じ顔ぶれで中学校生活をしなければならない。

同じような不適切な指導がなされることはないでしょうが、

疑心暗鬼になってしまう・・・それは保護者も同じです。

どうなんだろうねぇ〜〜〜

私ならこんな先生に指導されるのは・・・だよ!!

逆にへんな温情などの人間的な部分の対応はいらんから、

評価の数字や成績で機械的に判断してくれ・・・・って思うよねぇ。

そのかわり、内申書なんかの評価を全て公開しろ!!・・・かな??

どうなんだろうねぇ〜〜〜


本当に長文、お疲れさまでした(。-_-。)

最後までありがとうございます


これからは世の中ももっと生きづらくなるかもしれません。

大きな事象でも、耐えることが出来るくらいの骨太の子どもを育てることが

成績のいい子どもを育てる以上に必要なことなのかも・・・しれません。

秒読み段階にはいったよ!!

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タグ : 自殺

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2014.11.11 (Tue)

安楽死、自殺、尊厳死、運命のそれぞれの関係

ブリタニー・メイナードさん。10月6日に動画投稿サイトで安楽死をすることを予告しました。

その予告通り11月1日に安楽死は実行され、ブリタニーさんは旅立ちました。

死に方の選択という意味での賛否の議論が

巻き起こったことは言うまでもありません。

彼女の病気は悪性の脳腫瘍で4月には医師から余命半年と宣告されていることが、

安楽死をするという直接的な理由となっています。
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国内でも死に方の選択は可能なのか?という面でも議論をよんでいます。

ここでおさえておきたいことは、死ぬ権利ではなく生きていく方法の選択というほうが、

より、理性的な議論ができるように考えています。


死に方」の選択とか「死ぬ権利」ということに言及すれば、

自殺との関わりを避けて通ることはできません。

身体的に生きて行く希望が無い場合と、精神的に生きて行く希望が無い場合と、

どちらが重く、どちらが優先かとは決めることはできません。

死に方の選択として、意識も無い、

肉体的のも健全な状態を保つことができない事象に遭遇した場合、

また、将来その可能性が高い場合に、どのような生き方の選択ができるかということです。

ただ、このような現象が病気由来でなくても、今「生きて行くこと」の影響から

健全な肉体の状態を保つことができない、という極限状態の可能性もあります。

その時に選ぶ、自殺安楽死)が責められる選択なのか、答えは出せません。

肉体的、精神的な苦痛から逃れるために「死に方」を選択するということを安楽死とすれば、

自殺との大きな差は無くなるのでは・・・

自殺安楽死との差を見いだすとすれば、「不治の病」が大きな分岐点となりますか。

精神的に追い込まれ病気になっても「不治の病」とはちょっと違いますから。

ただ、厳密に言えば、奇跡が起きることもあり、「不治の病」の定義も難しい・・・

他にあるとすれば、倫理観、宗教的な制約ということもあります。

少なくとも一神教の宗教の場合は「神より与えられた命」と言う点では差異はないはずです。

このような宗教を信仰している人は与えられて命を全うすることが今世の義務のはずです。

安楽死は明らかにそれとは違います。安楽死自殺の同じなのでは・・・

ある種の宗教では教義を体現するためには手段を選ばない的な考えもあるようで、

自爆的な死に方もその手段に入っているようですが・・・

このようにたとえ限定的な未来しか残されてないとしても、

今、精神的にも肉体的の健全な場合は安楽死自殺を明確に分けることはできず、

ブリタニーさんのような形での安楽死を肯定する条件を見いだすことはできないような気がします。

やはり、自殺を肯定することはできません。


では、安楽死という概念は存在してはいけないのか?

現実として、ブリタニーさんのケースは何を訴えているのか?

ブリタニーさんの場合は脳腫瘍で余命半年という診断が安楽死という選択の最大の原因でした。

病気のために自分が自分でなくなる前に、自分自身で今の命に終止符を打つ、ということでした。

その判断を家族が指示してことから、自分で命を絶つことが安楽死という呼び方になりました。

これが理性的に判断して、今、安楽死に値する状況なのか・・・

「今ではない」と言わざるを得ません。

ブリタニーさんという命の可能性は少なくとも半年はあったはずです。

奇跡が起こらない、とは誰も言うことはできません。意外と半年経っても元気かもしれません。

そのような話はいくらでもあります。

ただ、半年経てば本当に今の「自分」ではないことのほうが可能性は高いです。

今の時点で、病状などの自分の状態の定義して、半年後にそのような状態にあれば、

安楽死(この時点では尊厳死というほうが正しいのかもしれませんが)という

選択でもよかったはずです。

このようにブリタニーさんの現象から考察しても「安楽死」の選択肢は無いです。

生きることに選択があるとすれば、尊厳死に定義される「生」が、

ギリギリな命の選択と言わざるを得ない。

ちょっと当たり前すぎるオチになってしまったことは、我ながら不本意ではありますが、

自分にもこのような常識人の一面があったのか、と苦笑しております。


この事件?と同時期に同じような手術ができない箇所の脳腫瘍で、余命が12月までと宣告された

アメリカの女子大学生バスケットボールプレーヤーのローレン・ヒル(19)のケースが報道されました。

ローレンさんの症状が悪化している中、

出場したローレンさんは、見事4得点をマークする活躍を見せた。

「これが最後の試合だとは考えていない。

車いすになっても、何が起きても、チームを支える」と話した。
20141103-00000081-spnannex-000-5-view.jpg


このように積極的に病気と対峙しているケースと消極的な選択のブリタニーさんのケースは

比較対象のように報道され、

生きる選択が善、死ぬ選択は悪のようなイメージでの「作り」になりがちですが、

この番組(報道)には、腑に落ちない、違和感を感じます。

生きていることが正常で、死ぬことが異常というような概念への違和感なのか・・・

この「気持ち悪さ」はどこに原因があるのかは、よくわからない・・・というのが本心です。


安楽死については非常に常識的なオチになった、と先に書きましたが、

病気になって早死にする人も、誰よりも長生きする人も、自殺をしてしまう人も

その命には使命があり意味がある、と考えています。

命を選択したような気になっていますが、

その選択することさえも定められた設計図に沿って、行動しているに過ぎない、と考えています。

これを運命といういような言い方をすることもあります。

また、「運命は自分で切り開くことができる」なんてことも言います。

この切り開いた未来も定められた設計の通りなのです。

また、「運命ならば何を努力してもしかたがない」なんて言う人もいます。

その努力をするか、しないかを選んでいるようですが、するか、しないかも決まっています。

生まれてから死ぬまで全て決まっています。

自分で考えて選択したようでも、それも定められています。

これは個人の意思や思考は「生き方」の決められた設計図になんの影響もありません。

全く影響がないということは、裏を返せば、個人が選択した「生き方」に

誤り」は存在しない、ということです。

運命とか設計図とか余計なことを考えずに、

「一生懸命悩んで、選択する」それがベストということなのかなぁ。



このような思考の私が生き方死に方を論じることに無理がある、とここまで書いて

やっと気がつきました。

ここまで長文にお付き合い頂いた人にはこんな「結び」ですいません。


マッサン:今日のツッコミ

-エリーちゃん、独り言は英語でもいいんじゃねぇ!

-マッサンが「こいのぼり」の皿洗いの仕事から帰ってくるってことは

-遅い時間のような気がするけど・・・周りは明るいし、何時〜何時で働いてんの?

それではごきげんよう、さようなら。


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2014.08.23 (Sat)

知英(Jiyoung)が日本で女優として活動再開

知英(Jiyoung)って誰?

無駄にアツい照英じゃないよ。

KARAを脱退し渡英していたジヨンらしい・・・・
820da031.jpg
 韓流に詳しくないおっさんでもKARAくらいは知ってますよ・・・

 名前聞いても顔は浮かばんかったけど(笑

 こんな娘いたっけ?ちょっと印象薄いよね。

 すでにブームってわけではないけど、

 逆に地道に活動するには落ち着いた環境かもね。

コスメ&ファッションはまだまだイケイケのようですなぁ



韓国最大級ファッション通販《STYLENANDA》


と、まあそんあ韓国のことより長い間お休みしちゃいました。

時々、発症するんですよ、「ネット恐怖症」とでも言いましょうか、

「ネットを見よう」という気が起きなくなるんです。できればPCの前にも居たくないのですが、

それではちょっと仕事にも支障が出るので、そこはなんとかクリアしてまいましたが・・・・

やっと回復してきましたので、『プチオヤ』再開します。

この1ヶ月半の間にいろんなことがありましたねぇ・・・・・

ほんといろいろありました・・・・・・

何があったっけ?    思い出せん・・・・脳みそが腐ってきています。

そういや〜脳が溶ける【病気】ってあったなぁ・・・怖っ

病気と言えば「エボラ出血熱」が【猛威】を振るっているようで、

現地の人に医療行為だという認識してもらうのが一苦労のようです。

猛威といえば今年の雨の降り方は尋常じゃありません。

広島市は大変なことになっています。

土石流といえば山間なイメージですが、今回の被災地は住宅地ですから・・・

まだ見つかって居ない人の一刻でも早い救出と亡くなられた方の【ご冥福】を祈っています。

ご冥福といえば本サイトでも何度も取りあげた

STAP細胞事件のもう一人の主役の笹井芳樹副センター長の自殺です。

これは個人的にも結構衝撃的でしたね。

命の神秘を解明しようてしている超エリートの科学者が

もっとも命に対する冒涜である【自殺】を選択したということです。

やはり科学の根底には倫理観、宗教観のような

べたべたな人間くさい部分が必要なんだなぁ〜と再確認しました。

自殺といえば、11日に急死した米俳優ロビン・ウィリアムズさんもそうでした。

うつ病のほかにパーキンソン病の初期段階と診断されていたそうで、

よほど、しんどかったんでしょう。

病気はなぁ・・・自分の力ではどうにもならない部分ですから。

作品は多数あるけど「グッドモーニング,ベトナム (1987) 」が一番かなぁ〜ちょい古いけど。


こんあ感じで順序立てて思い出せばなんとか記憶をたどれるもんです。

また、以前のようないいたい放題なスタンスでいきますので、

また、お付き合いください。 

ヨロシコ!!(本家のIKKOさんも言ってないけど・・・)

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