FC2ブログ
2020年07月 / 06月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫08月

2014.07.04 (Fri)

過去の戦争とこれからの戦争の違いを意識する事は重要です

本日の更新は『プチオヤ的:政治・経済あれこれ』
     『プチオヤ的:政治・経済あれこれ』     7/04更新 new016_06.gif
     『プチオヤ的:スポーツあれこれ』      6/21更新
     『プチオヤ的:出来事・晩ご飯あれこれ』  6/29更新
     『プチオヤ的:趣味・本業あれこれ』     6/30更新
     『プチオヤ的:うだ話・芸能あれこれ』    6/18更新 

今回の集団的自衛権行使容認の閣議決定についての更新、第3弾です。

戦争という概念は変化し続けています。

刀や槍等の武器しかない時代から鉄砲という画期的な武器が出来、

そっから先は恐ろしく速いスピードで武器は人を効率よく殺すために変化してきています。

これだけ考えても先の大戦とこれから起こる戦争は同じではないことは誰にでもわかる事実です。

あるSNSのお友達がこのようなサイトをいいねって言ってました。

「戦争のつくりかた」です。

印象は一昔前の戦争観でただただ訳の分からない不安をあおっている、です。

まさにそれは霊感商法にも通ずるような負のイメージすらあります。

昨日の更新でも書きましたが、先の大戦のような戦争は100%起こりません。

その理由については昨日の更新を参照ください。

「集団的自衛権行使容認に反対している理由は確信の無い漠然とした不安」

日本で暮らしている人の権利が狭まってきたり、言論が制限されたり、などの

国民生活が不自由になるようなことにはなりません。これは断言します。

あるとすれば、加担した戦争が長期化して、税金が多少上がる、というくらいです。

しかし、そこが問題です。

国内では何も変わらない自由で裕福な生活をしていても、地球のどこかでは戦争が起こっています。

そこに自衛隊も後方支援しているかもしれません。

自分たちの知らないところで戦争は起き、自衛官は命を落とすかもしれません。

また、誰かを殺害するかもしれません。

この国内のと紛争地域とのギャップが近代戦争の特徴の一つです。

「戦争のつくりかた」のようなふんわりした情緒的な不安では証明できない現実が常に起こっている、

起こる可能性は多いにあるということです。

こんな戦争観では何が問題なのかを正確に把握できないことは明白です。

普段と何の変わりのない生活の中で遠くの紛争地域でまた自衛官が亡くなりました、

「かわいそうにねぇ。戦争はダメだねぇ」・・・・これが想像できる近未来でかも・・・これでOKですか?

もっと言えば、「無人の戦闘機が敵を確実に撃破した。

その作戦での民間人の犠牲者は最小限の2人でした。」

敵?誰の敵? 最小限の犠牲?   何のことか意味分かりません。

これが今の戦争です。

別の側面として今年「武器輸出三原則」は無くなってしまいました。 ご存知ですか?

それに換わって「防衛装備移転三原則」が武器輸出に関する規制です。

多くはより明確化しているということで評価の高い決定ではあります。

しかし、「武器輸出三原則」は最大の拡大解釈で

「武器は輸出できない」というところまできていました。

そのことはデメリットの方が多いのはちょっと考えれば分かります。

武器の開発が国内で遅れている分、海外から高い武器を買わなければならないからです。

ここで声を大にして言いたい

「武器売って裕福になるんなら、売らずに貧乏の方を選ぶ」

日本は武器を輸出できる国になったんです。多くの規制はあるにせよ。

このような多くの国民が注目しない中、そのような変化は確実に起きています。

それが極めて政治的な議論だったからです。

「政治って苦手、議員なんて誰がやっても同じでしょう」このような国民の日本で起きている事です。

輸出先に「イスラエル」という国もあがっています。

日本製の武器でパレスチナの人は死ぬかもしれません。

将来は「非核三原則」の変更も知らない間に・・・・なんてことも可能性は上がってきています。

ちょっと焦点がボケてきていますが、

最も大事なのは「問題はどこにあるのか、どこが納得できないのか」を見極めなければ、

正確な判断が出来ない、という根本的な事実です。

現代の戦争を過去の戦争をごっちゃにしているようでは、雰囲気の不安だけでは、

反対の賛成も的外れになること間違い無し、ということです。

左翼チックな人は情緒的な戦争反対論に共鳴する部分が多い事が最大の欠点です。

そこを乗り越えて近代の紛争に則した考えを持たなければなりません。

それが私の最大の課題でもあります。

今日はこのへんで。残り2回にします。

あしたは「公明党死す」です。
スポンサーサイト



テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争 - ジャンル : 政治・経済

タグ : 戦争

20:00  |  政治  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2014.07.03 (Thu)

集団的自衛権行使容認に反対している理由は確信の無い漠然とした不安

本日の更新は『プチオヤ的:政治・経済あれこれ』
     『プチオヤ的:政治・経済あれこれ』     7/03更新 new016_06.gif
     『プチオヤ的:スポーツあれこれ』      6/21更新
     『プチオヤ的:出来事・晩ご飯あれこれ』  6/29更新
     『プチオヤ的:趣味・本業あれこれ』     6/30更新
     『プチオヤ的:うだ話・芸能あれこれ』    6/18更新 

今回の集団的自衛権行使容認の閣議決定について反対している人の

意見を総合すると「戦争ができる国にしてはいけない」とか「他国の戦争に巻き込まれる」とか

今の段階ではあり得ないようなそれこそ拡大解釈での反対をしているように感じます。

集団的とはいえ自衛権ですので、

この閣議決定でどこかの国を攻めるような戦争なんてことは100%ありません。

先の大戦時のような国になってしまうのでは・・・

なんて馬鹿げた不安を抱いている人もいるようですが、

このような戦争状態も100%ありません。これは確実です。

現在、そのような戦争をしたら最悪の場合、

地球の環境がほとんど破壊されるような可能性もあります。

そんなことはいくら自分の事しか考えていない独裁者でもしないでしょう。

また、ほとんどの地球人は死んでしまうので、それを心配してもあまり意味が無い。

まあ、自分だけでも生きたいという人は別ですが・・・

これからの戦争は違う形の戦争になっていくはずです。

その違う戦争の概念は次回にでも・・・

もっと現実的に安倍ちゃんの会見でイラク戦争、湾岸戦争のような戦争に戦闘行為をする形で

参加をすることはありません、って言ってました。

安倍ちゃんが信じられないということは「同じく」ですが、これは政府の見解です。

単純に同盟国の戦争に参加をするということには歯止めがかかっています。

これらの近代的な戦争には参加するためのハードルはまだまだ高いです。

その高いハードルの細部は法律で決められるはずで、それは来年の通常国会になるようです。

そこの注視を欠かす事はできませんが、現時点では何も決まってないというのが現状です。

これだけ見ても「戦争する国」なんてことは全く別次元の話です。

もう一つ、「巻き込まれる」系の不安は現在でもPKO活動で危険な地域で活動をしています。

そのPKO活動の是非は別にして、後方支援的なこともしています。

その意味では現在も戦闘に巻き込まれる可能性は0ではありません。

また、活動中の自衛隊が攻撃されても、応戦することは基本的にはできません。

ある国で戦争、紛争が勃発した際の邦人の救助も

応戦ができないような自衛隊では、そのような危険に行くことはあまりに危険ですし、

そのような危険を代行してくれてる同盟国を助ける事も現時点ではできません。

反対をしている人たちは最低でもこの2件の事例に明確な答えをだしてほしい。

集団的自衛権でこのような事態に対応していく、という現政権の考えに対抗できる

発想や信念を明示する必要があるはずです。

私も含めて左翼的思想を持っている人は、

このようなごく単純な事例にすら明確で有効的な答えを出す事ができません。

ちょっとまた、話が逸れちゃいましたが、

「巻き込まれる」ということは、日本にとって全く関係ない戦争、戦闘という前提です。

先にも書いたように全く日本と関係ない国で戦闘行為をすることはありません。

少なくとも現状では・・・という注釈はつきますが。

しかし、邦人の救助の際や明らかに日本をターゲットにした輩に対しての同盟国支援は

日本に密接な関係があります。これは「巻き込まれる」と言葉は正しくありません。

危険を伴う任務での想定できるリスクということです。

作戦や関与の仕方によって、このリスクをどこまで小さくすることは求められますが、

「予期しない事態=巻き込まれる」ということとはまるで異なります。

このように現在の反対の多くのえも言われぬ不安は拡大解釈の何者でもないということです。

もし、ほかの明確な理由がある人は書き込み待っています。

このような漠然とした根拠の無い反対では長続きしませんよ。

来年の通常国会までまだ半年以上あります。

いくら数の論理が絶対な国会でも理論的に反対をする人がどんどん増えれば、

無視することは出来ないはずです。

反原発のデモや集会のようにノリだけで、途中でやめちゃうようなことでは、

政治を動かす市民運動にはなりませんよ。心して腹据えて取り組まないと。

個人的は今回の解釈変更での集団的自衛権の行使容認には反対ですが、

今日書いた漠然とした不安という面での反対の人たちとは一線を画します。

デモや集会のような運動をすることも政治参加の手段の一つであるでしょう。

まあ、お手並み拝見というところでしょうか。

長くなっちまったので、今日はこのへんで。

本文でのちょっと触れましたが、

次回は「過去の戦争とこれからの戦争の違い」をもうちょっと詳しく・・・にしましょうかねぇ

テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争 - ジャンル : 政治・経済

タグ : 戦争

20:00  |  政治  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)
 | HOME |